ギャンブル

ギャンブルによる経済活動と創作活動への関連性から見えるモノとは?

ギャンブルによる経済活動と創作活動への関連性から見えるモノとは?
2019年も押し迫り「年末ジャンボ宝くじ」が10億円になったと連日テレビCMが騒いでいる。

忌野清志郎がいたRCサクセションのデビュー曲宝くじは買わない』では当選金が「400万円」と歌われていた。

単純計算すると宝くじはこの曲の時代から半世紀を経て200倍以上の規模に膨れ上がったといえる。

これでは清志郎の魂も浮かばれないだろう。

 

年末ジャンボはもやは日本の国民行事といえるだろう。

さらに2020年以降には日本初のカジノが誕生する運びになっている。

ギャンブルは今後ますます幅広く日本に根づいてゆくだろう。

今回は経済と作家という全然違うフィルターを通してギャンブルというものを掘り下げてみたい。

ギャンブルとはこの世を地獄にする元凶なのか、それとも迷える魂の救いになるものなのだろうか。

経済成長命の自民党が最後に飛びついたギャンブル


安倍自民が進めるカジノ誘致には保守層の中からも反対意見が多い。

だが彼らは決してひるまないだろう。

自民党は55年体制以降ずっと悪政を隠すための国民への目くらましとして経済成長を実現してきた。

そしてGDPアップが困難な時代になった今、彼らは最後の手段としてカジノに飛びついたのだ。

 

ギャンブルと経済はとても相性がいい

特にカジノ施設はほとんどの国で莫大な利益を生み出している。

日本では宝くじもパチンコも競馬・競輪もすべて不況知らずだ。

ただそれは勤労倫理に反した経済活動における反則技なので、大々的にやることはできない。

 

自民党も本音では税収アップの柱にしたいのだが表立っては推奨できずにいた。

そのため今回の自民党のカジノ誘致は、それ自体もギャンブルになる。

無理に押し進めれば支持基盤が崩れるかもしれないのだ。

ギャンブルは半永久的に利益を生み出せる鉄板経済といえる。

だがその反面、自民の支持基盤であるエリート保守層からは忌み嫌われているのである。

ギャンブルと相性のいい作家

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ギャンブルと相性がいいのは経済だけではない。

作家もその1つである。

歴史上一番の作家は誰かというアンケートを世界中で取れば、おそらく2位以下にはプルーストジョイスヘミングウェイなどが入るだろう。

そしてトップはほぼ間違いなくロシアの文豪・ドストエフスキーになるはずだ。

しかし彼が恐るべきギャンブル狂だったということをご存知だろうか。

 

作家とギャンブルとは一見ギャップがある。

作家とは人生を教える人であり、そんな人生の師匠がギャンブルなどやるわけがない。

普通はそう思うだろう。

しかし実際ドストエフスキーはギャンブル狂であり、借金返済のために『罪と罰』をふくむ数多くの歴史的な名作を書き続けていたのだ。

そしてこれは彼個人に限った極めてユニークな事例ではない。

世界一の作家がギャンブル狂だったことは、そのまま作家の本質をつくことでもあるのだ。

生きるか死ぬかの瀬戸際が生み出したドストエフスキーの名作

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村上龍はかつて「作家とは究極の怠け者に神が与えた最後の職業だ」みたいなことを何かのエッセイで書いている。

作家の性を持っている人は皆んな人生を生きることよりも人生を見ることの方を圧倒的に好む。

そうやって何もやらないでいるから、だんだんと人生が追い込まれていく。

そうして崖っぷちに立ったときに小説という最後の職業・ラストチャンスにしがみつくのだ。

その状況は生きるか死ぬかの瀬戸際でギャンブルに挑む人の姿と重なる

 

小説を書いてそれが本になることは、どこの世界でも宝くじが当たるほどの確率しかない。

それでも作家は生きてゆくために小説にすがるのだ。

ドストエフスキーは小説で大もうけしギャンブルで借金を作ってしょうがなく新作に向かうというルーティンをずっと繰り返していた。

彼がギャンブルをしていたのは実は意図的だったのではとも読み取れる。

大作家になれば富と名声が得られるので瀬戸際の状況から遠のいてゆく。

そこで彼はギャンブルで借金を作ってわざわざその状況を作っていたのではないか。

作家に限らず人は誰でも追い込まれれば普段以上の力を発揮するものだ。

作家は誰もが売れるまではギャンブラーである。

そして売れてからもドストエフスキーのように自らを瀬戸際に追い込めばずっとギャンブラーであり続けられるのだ。

絶望に立たされた作家を救ったギャンブル

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日本で最も有名なギャンブル好き作家といえば、おそらく伊集院静があげられるだろう。

ギャンブラーの最終到達点ともいわれる「旅打ち」というものをご存知だろうか。

何人かで旅をしながら日本全国のギャンブル場を回るというものだが、伊集院はこの旅打ちの物語を『いねむり先生』で書いている。

 

この小説に関するインタビューで彼はこう語っている。

ギャンブルっていうのは5分後の未来を想定して金を投げるから、その5分間は生きてる実感がある。小さな生と死を毎日毎日繰り返すんです

伊集院がギャンブルにハマった要因は不倫愛の末に結ばれた女優・夏目雅子の早すぎる死だった。

一方でドストエフスキーは若い頃、反社会グループに入ったことで一度死刑宣告を受けた。

後に恩赦をもらうまでの間、シベリアで地獄のような日々を送ることになった。

どちらともギャンブルにハマったのは深い絶望を経てのことだった。

おそらく彼らは死の瀬戸際まで追い込まれたからこそ、生の強烈な実感がなくては生きられなくなったのではないか。

ギャンブルには人を死の崖っぷちから救い出す力もあるといえるだろう。

ギャンブル抜きでは庶民生活も送れない新時代

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宝くじでも競馬でもカジノでも、ぶっちゃけその本質にあるものは搾取である。

つまり富裕層が庶民の中に溜め込まれた膨大なお金に目をつけ、億万長者の夢をエサにしてそれを吸い込もうとしているのだ。

庶民の方でもぼんやりそれを分かっていながら止められないでいる。

 

格差拡大が飽和点に達した今の時代ギャンブルは最大の罪悪になったといえる。

ギャンブルで億万長者になってもそれは社会や国に大きな害を与える。

ギャンブルにお金をつぎこむほど貧富の差は広がり世の中は荒廃してゆくのだ。

だが過酷な現実が人をギャンブルに駆り立てる

 

ギャンブルをしなければ貯金がたまらない。

あるいは老後資金をためられない。

そんな人たちにはどんな説教も空しく響くだろう。

中流階級の中でも銀行がゼロ利子になったことで投資というギャンブルが切実に受け止められるようになってきた。

年々政治が腐敗する中、ギャンブル抜きでは庶民生活もままならないようになっている。

ギャンブルの良し悪しについて考えてきたが、それが無意味なほど今という時代は瀬戸際に追い込まれているのかもしれない。