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ドリームキラーな相談相手が悲観論を強気で語れる心理とその根拠とは?

ドリームキラーな相談相手が悲観論を強気で語れる心理とその根拠とは?
僕は特に意識せずに、
漠然と将来とか遠い未来を考えると、
いつも悪い方向へ行くんだろうなって考えるところがありました。

例を挙げると

年金制度の崩壊とか

日本経済はきっと悪くなるんだろうなとか

一人暮らしだから少子高齢社会とか聞くと責められているような気がしたり

ネット上の成功者を見ると、僕は行動するのが遅すぎたとか。

こういう悲観的な考え方が止まりませんでした。

テレビでも悲観論を放送した方が反応は良いですし、
書店やコンビニで売られている週刊誌などでも
芸能人や政治家の批判記事の反応は高いですよね。

 

世界的に見ても、

特に日本人ってこのような悲観論を好む傾向が強いです。

減点主義が根付いているというのもありますし、

下手に行動して叩かれるよりも
悲観したまま動かない方が無難とか安全だと
思い込んでいる傾向が強い
からです。

これら悲観論が報じやすいのは理由があります。

単純な理屈ですが、悲観論って外れたら嬉しいことばかりなんですよね。

 

だって、年金制度が奇跡的に持ち直しました!とか

ロボットがなんでもやってくれるから少子高齢化も気にしないでいいよ!

日本経済が崩壊?日本から未発掘のレアアースや新エネルギーで最バブルだよ!

という全部僕の妄想ですが、
予想が外れたら誰でも喜ぶような保証があるから悲観論は大きく報道できるし、
外れても良い予想ほど強気でいられる予想はないですよね。

 

そういう悲観論を意識すると、
一般的に言われるテレビや週刊誌などで知ることのできる悲観論が軸にある情報の価値はとても薄くないですか?

それに身近にいる人や職場の同僚や、
色々な情報(特に悲観論)に精通している友人などは、
あなたにたいして悲観論を軸にした価値観をもたらすはずです。

友人に相談された時のこと

ドリームキラーな相談相手が悲観論を強気で語れる心理とその根拠とは?2
僕は友人が新しいことにチャレンジすることを相談をしてくれた時に、
かなり強気に悲観論を長々と語ったことがありました。

それを聴いてくれた友人は、
僕に失望したんじゃないかなと今更ながらに思えます。

言い訳をさせてもらえるなら、
僕も本気で友人のことが心配だったし
少しでもリスクを追って欲しくないって気持ちがあったこと。

そして、悲観論で語る限り僕はすごく強気だったと思います。

だって、友人がチャレンジに失敗したら
僕の予想は当たりますし、
友人のチャレンジが成功したら、

僕の予想は外れた時のほうが嬉しいので、
どちらに転んでも悲観論は強気で相手をねじ伏せる事ができます。

 

横文字で言うとドリームキラーと言われるタイプですね。

 

僕も新しいことにチャレンジする立場に立って初めて、
悲観論を軸とした無責任な発言を強気に相手のためにと語っていたことが、
いかに恥ずかしいことだったか自覚出来ました。

それと同時に、悲観論を軸としてたドリームキラーは結構相手のことを考えていることも実感できました。

結局、当時の僕に相談した友人は
メンタルを消耗しただけで、ガッカリしたと思います。

僕は言葉を選んだつもりだけど、
夢なんてみるなよ?」ってオブラートに包んで、それを贈る言葉にしたんですから。

もっと友人はこんな言葉や意見を求めていたかな?
と考える事ができればよかったんですけど。

もしかしたら僕の意見がきっかけで、
彼は大きな失敗もなくて良かったと思ってくれたかもしれません。

10年20年と歳を重ねていく中で、
後悔をする選択を押し付けたような気もします。

しかし、最悪を想定して行動することやアドバイスをすることも大切です。

より無責任なのは相手の状況も、
挑むべき大きな壁の実態も考えないで、
君ならできるよ!必ず!応援してるよ
と言うのも無責任ですから、相手のリスクを当事者と同じ視点で想定しながら話を聴いてあげるだけでも十分だと思います。

 

甘い見積もりで友人を励ますよりも、
挑戦する対象を一緒に分析してみたり、
再起不能なリスクを負う世界なのかそうじゃないのかを一緒に見て見たり、必要な経費や時間にコストに予算などを分析するだけでも有益なはずです。

以上が僕の思い出と言いますか、
本当は相談している側が僕でした。

相談相手が派遣社員を十年以上勤めている友人です。

実際、何か新しいことをするのに
誰かに相談すること自体が、結構余裕あったなって思います。

相談にのって欲しいという考え方は余裕がある証拠

ドリームキラーな相談相手が悲観論を強気で語れる心理とその根拠とは?3
本気で新しいチャレンジに挑むなら、
忙しくて友人のアドバイスなんて聞く耳持たないはずですし、
きっと僕は気持ちのどこかで新しいチャレンジを止めてくれる可能性の高い相手を相談相手に選んでいたんだと思います。

つまりドリームキラーとか相手を攻めるような人をよく仮想的として仕立て上げますが、そのような自分を止めてくれる人を選んで相談に乗ってもらおうと潜在意識が働いているのかもしれません。

結局、お説教じみたアドバイスを長々ともらっただけで、
新しいチャレンジをやめるための材料だけはすごいボリュームで揃ってしまったものです。

悲観論は情報の価値が無いからとても語りやすいです。

なので、自分で何か新しい価値観を求める時は
自分でその問題を分析した方がずっと良い結論にたどり着けるかもしれません。

 

良い結論と言うよりも、

自分で決めた決断でなければ意味が無い。

と割り切るくらい心を強く持ちたいですね。

 

今回の記事も最後まで読んでくださってありがとうございました^^